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夏海のお部屋~虹の架け橋~

-うつ病からの凸凹復活記- 検索萌えでどこまでいけるかな

自己紹介 1 ~ 生育歴 ~

これは、2014年7月14日に

アメブロの『夏海のお部屋』でアップした記事です。

 

この記事のカテゴリは、『うつへの軌跡』です。

なぜ ここまで書いたのか?と言うと、

初めて精神科に行った時に話した内容だったからです。

 

精神科に行くと、初診の前に『聞き取り』という時間が用意されます。

『ちゃんと』した病院だと。

何件かの病院に通院しましたが、

副作用が出た時に怒鳴られた病院以外は全部『聞き取り』の時間がありました。

 

そこでは、生育歴などと『今』現在のお話をします。

抑うつ状態』になって、

病院に行かなきゃいけなくなった『根源』原因を探るため だと解釈した私は、

  • 『特殊』な家庭環境で育ったこと
  • 転校続きだったこと
  • 弟が死んだときのこと
  • 妹とのトラブルで死のうとして病院に入院したこと
  • 流産したこと

それを全部話そうとしましたが、

どの病院でも高校くらいで 『待った』が掛かりました。

 

『どこ』に原因があるのか?を 私は知りたかったのに(苦笑)

 

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時系列に沿って簡単に 淡々と書くので、淡々と読んで下さい。

決して集中しないこと。

決して思い入れしないこと。

 

心がざわつき始めたら、読むのを停止して下さい。

どうか ご自分の心を守ってお読み下さい。

 

では。

 

私が生まれた時、それぞれがそれぞれの思惑で喜びました。

父母と、

生まれたばかりの子供を病院の手違いで亡くした伯母夫婦と、

やっと自分達の元で生まれた孫だと喜んだ祖父母と。

(すでに3人の『孫』は生まれてはいるが、息子の子供なので関係が薄い)

 

私は、その3組の『家庭』をたらい回し的に育ちました。

 

仲良し夫婦の伯母夫婦と祖父母、

最悪の夫婦仲の父母の元で。

 

私は伯母から、

『親が忙しいから預けられた可哀相な子供』と言われて育ちました。

何度も何度も。

伊勢神宮で商売をしていたので、

そこに来るお客さんにも、私をそんな風に紹介していました。

 

ただ、一つ下の妹と3歳下の弟は実家で育っているので、

『忙しいから預けられている子供』ではなく、

私はいらない子だから預けられているのだと認識していました。

 

小学校4年で 初めての転校。

(その転校は実は『夜逃げ』をしたのだと 大人になってから判りました)

 

社会に適応できない人たちが集まっている部落(養鶏場を経営している敷地)の社宅に住んでいました。

そこには、住民票を移転できない人もいたそうです。

 

 

仲良しになった子は母親から

「遊ぶな」「仲良くなるな」と言われたとそう言ってました。

私に会ったこともないのにそんなことを言われるなんて、

当時は理不尽だと思いましたが、

そのカラクリを知ると なるほど~とか思います。

 

この時、人生初のいじめに遭いました。

 

問題あり の子供が、転校して『異質』の存在として教室にいること。

 

ただでさえ『異質』の転校生が、 その上元々『問題あり』な場合、

いじめられるのは当たり前か(^_^;)って少し思います。

 

最初は好意的に守ってくれていた教師からも見捨てられて、

「大人(学校の教師すら)は頼りにならない」と本格的に自覚しました。

 

そう言う意味で、小学校4年生で私の『子供時代』は 終わりました。

 

文通という手段で転校前の友達と交流を図っていましたが 

だんだん返事が来なくなり、

私は友達にとって『いらない存在』になったという『悲しみ』を知りました。

(『死んだ気持ち』=『私がいなくても世界は何ひとつ変わらない』 

 という思いを体験した)

 

小学校5年生の9月に1度目の転校。

 

前校と同様に 1学年に1クラスしかなく、

転校直後から なぜか私をいじめる男の子がいて、

その理由が 『私』が悪い訳ではなく、

私が転入したことによって、

次に転入者が来た場合には2クラスに分かれてしまう からだと 

他の子から教えられてショックを受けました。

(そうか。『私』の性格云々じゃなく、

 『私の存在』自体が 邪魔だったんだ。  

 それを無意識に感じてたんだね ちっちゃな私。 

 そりゃーショックだ。)

 

クラスの何人かが通っていたお琴の教室に入りたいと言ったら、

そのうちの一人に拒絶されて諦め、

じゃぁと、6年生になったら剣道の教室に入る予定でした。

 

小学校6年生の新学期 3度目の転校。

 

私には、『剣道の教室に通える』はずだった6年生は やっては来ませんでした。

 

隣町への引越しだったので、

自転車で30分ほど掛けて 転校前の学校の運動会を見に行った時に、

そこには見知らぬ男の子(転入生)がいて、楽しそうに仲間になっていました。

 

少し前に私がいた場所に私の居場所はなく、

その代わりに見知らぬ男の子がいて楽しそうに笑っている。。。

 

私は『最後の一人』として いじめの標的にされていたのに、

理不尽だと憤慨しました。

 

そこの『日常』の中には、私はもう存在していなくて、

私はまた『死んだこと』になったと思いました。

 

小学6年生かな?中学1年生かな?親の性交と遭遇しました。

 

壁のない隣部屋で『こと』が行われていて、

その一部始終を聞く羽目になりました。

(その時はもう夫婦仲は最悪で、離婚しないのが不思議だと思ってました。)

 

父親に嫌悪感(ささやき声が やがて トラウマになっているらしいと 最近判明)

母親に嫌悪感(嫌ってるのは明らかなのに、喘いでんじゃねーよ!とか思った)

 

中学1年生 色々あったけど割愛

 

中学2年生の5月に転校 

 

大好きだった子に思いを告げられず引っ越すことに。

 

転校後のGWに 転校前に入っていた軟式庭球部の、

 転校しなかったら私が出ていたはずの試合を、

部外者として応援しに行来ました。

部外者として。。。

 

転校後すぐに クラス中の女子からシカトされ始めました。

 

同じクラスにいた 母親の出身地が同じ の 一番の仲良しに相談して

それなりのアドバイスを貰っていたら、

実はその子が 首謀者でした

それが一番ショックでした。

 

元々男女の区別なく話をしていたけれど、女子からはシカトされてたので 

必然的に男子とだけ会話することになっていたら、『男好き』の勲章を頂きました。

(理不尽だと思ったさ)

 

中学3年生 本屋さんへ行った帰り道 

後ろから付けて来た男(1コ下の他校生だと後日判明)に 

あざができるほど膝蹴りを受け、キスされました。

 

危うく暴行されそうだったけれど、

近くを通りがかった人に「助けて!」と叫んだので、暴行されずに済みました。

 

高校時代 『男好き』の勲章は 衰えず(苦笑)

 

ある日、友達(その娘の『子供っぽさ』を微笑ましく愛していた)から、

「用事があるから、先に帰ってて」と言われました。

その友達と校門でばったりと会いました。

 

その友達は、付き合い始めた『彼』と一緒でした。

 

友達いわく、「夏海に彼ができたと言うと取られるよ」と助言されたとか。

 

私には私の好みがある。(言えなかったけど)

 

友達が『女』になったことを悲しみ、残念に思いました。

同時に  信じていたのに 裏切られた感がありました。

 

高校時代、初代の夫のうーたんと出会いました。

私の男友達の先輩で、以来先輩後輩としての付き合いが始まりました。

 

初代うーたんの自由奔放な彼女(みー先輩)と付き合ったり別れたり、

うーたんの実家で同棲したり

別れたりを繰り返しているのを側にて見ていました。

 

短大時代、 高校時代にシカトされた経験から女性恐怖症になっていた私が、

女子の中で過ごすという経験をしました(^_^;)

 

高校3年生から付き合い始めた男①と 短大時代も付き合っていました。

 

卒業後遠距離恋愛に。

当時は携帯電話はなく、 公衆電話というツールを使っていました。

(私からは連絡ができない)

が、 人づてに部屋に電話が開通したことを知ります。

 

また、会えないのを我慢していましが、

人づてに 実は時々帰って来て友達とは会っていることを知ります。

 

私は『自然消滅』という曖昧なのは嫌いなので、別れを切り出しました。

(だって、一番仲良しの友達が 彼女なんじゃない?って思った)

 

男①は落ち込み、私の妹に泣きつき、二人は付き合い始めました。

 

別れてから ほとんど直後でした。